りーとーく@トラオ
The chattering that trao is free.

2002.04.30.  ムネオハウス

今日はムネオ議員秘書ら7人が不正入札の疑いで逮捕された。いや、この話はもうとっくに鈴木宗男離党で片が付いたのかと思っていたけど甘くはないねぇ。まぁ、離党だけでは済まされずいすれ議員辞職、本人すら逮捕されるかもしれない。でもこのような地元優先の公共工事入札はどこにでもあるというはみなさんも知ってのとおり。

公共工事と建設業との癒着はなかなか絶えない。利権とカネ、これらをうまく使って優雅な生活と社会的地位を得る。まぁ、マジメだけでは手に入るモノも入らないっちゅーことだろね。

そういえば鈴木宗男事務所に貼られている「クマのロゴマーク」、いい出来なんだけど、事件の後ではなんとも空しいくまさんに落ちぶれていた。

ネットで流失している「ラップ調のムネオハウスサウンド」は精一杯の国民の嫌味かもしれない。

昨日の新潟選のニュースで田中真起子事務所にレポーターが入っていった瞬間、ガラの悪いデブ秘書がガラの悪い罵声を吐いてレポーターを追いやった。それがスゴイ横柄だった。だいたいこの世界はそんな輩ばっかりだよ。

ちょい昔、地元の市議ととあるホテルに宿泊したときもオレに対して「お茶の入れ方がなってなーーーーいっ!!」とブチ切れた奴がいた。こいつもデブ市議だ。ろくな奴いねーよ。衆議院議員から市議、町議に至るまで。

痛みを伴う構造改革、だぁー??、首相小泉純一郎自身が約4千3百万円もの年収を得ていて国民に傷みを味わえとはなんとも理不尽なものの言い方だ。

確か衆議院議員の給与は約2千万円くらいと聞く。現状の財政を考えて自主的に1割は国へ戻すことができるらしい。しかし2千万だよ、2千万。我々庶民が汗水垂らして稼いだ税金がしこたま議員給与にまわっている。

まぁ、首相自身がその激務でもボクらのように月給20万で働いているのなら税金払うのもおっくうではない。いや、確かに文句言えるほどたくさん税金を納めているわけじゃないんだけどね。笑

それにしても政治スキャンダルばかりで肝心の法案が山積みなんじゃなかろうか。最近の法案はどれも国民にとって不利利益なものが多い気もするが。

そういえば3月危機って叫ばれていたけど、なんかあったっけ?マスコミはすぐ大げさに書くからなぁ。一般庶民レベルではたいした影響はなかったろう。(4月に入ってからの某銀行のトラブル除く)

今後も景況が好転する兆しもなく、よりGDPは低下し、目減りするパイを奪う企業間競争は激化する。ある程度の競争企業が敗北し、マーケットは安定する。しかし、需要がさらに目減りすれば新たな競争が生まれ、いずれ需要にあった供給に落ち着く。

まだまだ供給が多すぎ、需要はさらに減り続ける。有る意味、人は物質的、精神的に満足してしまったのかもしれない。「捨てる技術」という本がベストセラーになったとき思った。もうモノは必要最小限だけあればいいとみんなが気づいてしまったのかもしれない。

その中でも「どーしても欲しいもの」、「新たな産業の創出」とか考えなくてはならない。なぁに、まだまだ人の欲望というものは計り知れない。企業はそれを生み出し新たなマーケットを創出しなくてはならない。

というのは資本主義的な考え方。もっと贅沢に、もっと豪華にという考え方からもっと質素にもっと簡素に、という方向へ向かっていく気がする。

それは成長が止まることかもしれないけど、精神的な部分では向上していることといえる。この点については世代によってバラツキがあり、やはり若年層のマーケットのほうが成長性は高い。しかし、お金を持っているのはどうしても高齢者となる。ここが矛盾している。

購買欲旺盛の若年層のお金なし、対して購買欲減退の高齢者のお金持ち。

どんなマーケットでどんな世代を襲撃するビジネスを行うのか。いや、どんなマーケティングを実行しても「のるかそるか」は分からないけどね。

右肩下がりの経済学なんてよく言われるけど、右肩下がっちゃうとねぇ、笑 魅力は半減しちゃうんだよね。人は右肩上がらないと情熱わかないからね。

とはいえ、「人は消費せずには現代社会は生きていけない」のも事実。人あるところに消費あり。国内がダメなら海外か。または海外から国内へか。
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そういえば月面着陸はウソだったという疑惑があるそうだ。TVで見たんだよ。「ホントかよー、ショックだよ」。79年頃だったかな。晴海あたりでアポロ博みたいのやったじゃない?あのとき「月の石」なんて展示してさ、ピラミッドのような透明樹脂に入れられて。アレ、石ころだったのかよぉ!!??オレはマジ月の石と思ってロマンを感じていたのに。当時、毎夜天体望遠鏡を持ち出し月眺めて「人はここまで行ったのか・・・」と思っていたのに。

人類はいまだ他の惑星に到達できず・・・。

2002.03.26.  雑談

先般の特注チョロQ詐欺、正直びっくりした。一見ありそうでなさそうな特注チョロQ通販詐欺だけど、「(詐欺を)やればできる」という実例だと思う。正直チョロQを扱う業者は〜どうなんだろう。低額でも、騙されたとあっちゃ、実際頭にくる。

低額だろうとそれ以上に費用がかかっても訴えたいもんだなぁ。低額訴訟を起こすなどの手はあるけど、法に明るい人でもいればいいんだけど。

ADSL普及してきたね。申し込むのはいいんだけどさ、ひとつネックなのが交換局からの距離だねぇ。2km以上離れるとグッとスピード落ちるらしいし。ましてや8Mは極端に落ちるとも言うし。

最近、地元のNTTが統合して閉店してしまい窓口がなくなっちゃったんだ。気軽に聞ける場所がなくなったせいか、よけい申し込む気力が失せる。

プロバイダのサービスの切り替えも必要だし、結構面倒なんだよね。FTTHが普及するまで待つのもなんだしなぁ。

タイム・トラヴェラーを廃刊してからのボクは常に「売り」に徹し、コンテンツの更新もタラタラなのよ。でも現実実際、売上は大切だし、ほんとはタイム・トラヴェラーが一番やりたいことなんだけどね。

でもそれだけではダメなんだね。現実は「売上」、だいたいみんな3番目くらいの夢で喰っている。1番目の夢で喰えるのはごく一部の人たちなんだろね。しかし、悲しいことにオレはこれだけでは喰っていない。

個人のhpを観ていると気軽に閉鎖される方が多い。いや、本人深刻に
閉鎖を決めたのかもしれないけど、だいたい2、3年で飽きてきちゃうのかな。

ボクとしてはパッとしないhpでもさ、「継続」がテーマなのさ。ボクのテーマはこれからも「継続」だ。続けることがやっぱり大切だと思う。「あいつ、まだやってらぁ」、なんて言われてみたいもんである。

チョロQやトミカは流行モノとは受け止めていない。一過性のものだとも思っていない。

1993年以前のチョロQファンはどのくらいいらっしゃるのだろう。そして今でもチョロQを集めているのだろうか。あの当時、チョロQはもうひっそりしちゃって、滅多にSTDも発売されない状況だった。たまに発売される復刻モノとか色変えモノにたいへんな喜びを感じていた。

今の状況はチョロQファンにとっては新製品もたくさん出るし楽しい時期だと思う。しか〜しっ、ボクは少しだけ残念だ。

今後、単価1,000円以上のチョロQにはプレミアは生じにくくなる。

プレミアが生じないのは買うものにとって喜ばしいことだ??

そうじゃない。プレミアを避けるには買いそびれをなくせば平気なこと。今までボクはそうしてきた。(特注除く)ちゃんと買っていれば滅多にプレミア品なんて買うことはない。

プレミアが生じないということは
「あなたのコレクションは今後、価値が上がっていかない」ということが残念なのだ。

価値が付いてくるというのはコレクターとして嬉しいものである。それを売買するワケじゃなくても、価値が上がっていくのはわくわくしてくるものなのだ。

今の状況は定価よりも
実際の価値は下回っているということをいう。(もちろんSTDを除く)

超リアルシリーズも1,000円に実質値上げとなった。この時点で唯一、価値のあったシリーズは死んだ。

人はこれを
「バブルが弾けた」という。

2002.01.31.  ノンタイトル

先日、とある仲のよい社長(音楽教室経営)と午前中から話し込む。経済の話、政治の話、戦争の話まで話題は尽きない。いつも会うと延々と時間の許す限り話込むことが多い。ちょっと憧れているんだよね〜。

午後にはまたとある商店主(リサイクルショップ経営)と話込む。しかしなぁ、オレは話すのがとことん好きなのかもしれない。「しゃべれ」と言われればいつまでもしゃべれるかもしれない。小一時間では足りない。延々とだね。笑

ただ、未だ知識不足で究極の結論までには至っていないのが現実だ。これは一生かかっても難しいかもしれない。

世界の思想家や哲学者が数々の名文を残してきたが、それは確かに的を得た言葉でもある。まぁ、とはいえそんな勉強はこれっぽっちもしてはいないが、うん、ここがボクの弱いところ。どうしてもここが足らずに理解できないようだ。

さて、今いろいろとコンテンツに関して考えている。通販業務とコンテンツ作りを兼ねるとやはりキツくなり、どうしても通販業務を優先してしまう。ただ、サイトの運営としてはそれだけでは面白いページにはなりにくく、今は時間の使い方に悩んでいる。

なにかこう「ヴゥワーッ」と日常を変えてみたくなるときがある。だいたいの毎日ってのは同じ様な繰り返しの中、なかなか大きな変化が表れないものだ。そうなると悪い意味でのマンネリ化になっていく。実際大きな変化がくるとなるとそりゃそれで大変なものだが、いざ平常な日常が延々と繰り返されていると、う〜ん、やはり意識的にも変化を求めてしまうようだ。

ウチの上司にははっきりいってボクはよく見られていない。それはそれでいいと思っている。前にも言ったように荒波を立てず、じーっとだね、静かにお勤めできりゃいいわけよ。そうそう仕事の上ではね。しかし、一つの感性みたいなものを必要とするとき、思いっきり自分を活かしたいと思う。そんなときにだけ個性を発揮すりゃいいわけだ。

通常の日々の中そんな感性を使うことなんてオレのような凡人にはまずない。そう、個性や感性は無でそれよりも淡々と仕事をこなせる人間のほうが評価は高い。リーマンに個性などまったくいらない。

そうそう、まったくだ。ロボットのような無個性でいて、清純なやつを経営者は好む。笑 なぜって_?  そりゃ使いやすいからだろう。

だいいちここでウダウダ言っていること自体、いいと思わない閲覧者さんもいらっしゃる。まあ、オレから屁理屈取ったらなんも残らんのだよ。笑 

ただね、愚痴っぽくなるのは気をつけているんだけど、「うわ〜、すでに愚痴になっている」。(:´〜`)

とか言いながら今の仕事が気に入っているのかもしれない。

ま、いいか。


2001.12.28.  リサイクルミニカーショップ

トップページに「中古」という言葉を使い始めた。ボクがお店で買ってきて未使用で保存したものや、お客さんからの未使用チョロQも含めてミニカーは中古という定義が難しいと思う。

大人のコレクターは買ってからガンガン遊ぶわけでもないし、ましてや未開封で取っておく場合も多い。しかし、一度市場に流れた物は「中古」扱いでいいと思っている。

見かけ新品のようでも定義は中古である。

いわゆるリサイクルミニカーショップって感じでとらえてもらえればいいと思う。うちの場合は。

新品と中古の定義は微妙であり、リスト上では特に記載していないが、備考欄が空欄であれば、程度美品と思って下さい。

これからはリサイクルミニカーショップというイメージで活動していきたい。ハードオフ、ブックオフのような洗練されたリサイクル店が活躍している現在、ミニカーの世界にも「そういうのあってもいいね」と思われたいものだ。

今まで随分「絶版」というものにこだわってきたが、絶版と中古の違いも暖味である。生産中止され、ある一線を越せばリッパに絶版と呼んでもいいのだが、生産中止されたばかりのものをそう呼ぶのは抵抗がある。だから「中古」。

多くのミニカー店がオンライン、オフラインに乱立する中、今後のミニカー店の在り方が問われていると思う。ボクはいつも考えている。

「お客さんにとっての最良のミニカー店とは?」。多くの諸先輩がすばらしいミニカー店を展開している。ボクとしてもその中でお客さんから「トラオコムじゃなくちゃ!!」と言われるお店にしなくてはならない。

そう、お客さんあってのお店だからね。

2001.12.08.  講演会をやってきた

地元の高校へ講演会へ行って来た。演題は「フリーターについて」。おいおい、オレに講演会の依頼をする先生も先生だけど、聞くほうも辛かったろうに・・・。(; ̄_ ̄)汗

最近の冷え切った雇用情勢の中、進路に悩む生徒へなんらかの参考になればということでたまにこういう講演をやるそうだ。

ボク自身、昔から仕事に対しては大変興味を持っている。「人はなぜ働くのか」、「なぜ働かないと食えないのか」、もう哲学だね。

これ以上考えられないっ!!

という極限まで考えるのが、哲学。ヘタやるとローゼ(ノイローゼ)になりかけるけど、そんなことを考えるのがなにより愉しい。

しかし体育館は寒かった。そういえば学生の頃って環境にはカネかかってなかったね。そんな環境で勉強をやるんだから学生もたいへんだ。

2学年の生徒の前で話してきたけど、やっぱり生徒は減ってきているんだろね。これから大学も生徒確保でたいへんだろうから、入りやすくなるだろうね。

だいたいおかしいよ。4大出ていないと試験の資格すら与えられない会社があることは。せめて落としてもいいから試験くらい受けさせろってんだ。

学歴社会、いったいなんなんだろ。どーも妖しい・・・。(以下省略)

その辺を突っ込んだ書籍っちゅーのは数少ないが、資本主義の矛盾を突っついたものはある。たとえばビルトッテン氏の「アングロサクソンは人間を不幸にする」(PHP研究所)とかね。

その辺を暴いていくと面白いのだが、それに気づく人は以外に少ないということ。いわく共感を得られないと社会も変わらない。

まっ、そんなとこかな。

2001.11.19.  まだまだ修行足りず・・・

と思い当たるフシがある。(自分にあてたメッセージ)

サラリーマンになって約10年、いろいろあった。まだサラリーマンとして精進が足らない部分を実感した。完全にボクの負けだ。まだ自我が強すぎるきらいがある。

心に「我」が出てしまうようだ。

もっと、もっと緊張感を持って仕事に当たらないといけない。どんな理不尽なことだろうと受け入れるべきなんだ。そうしないと自分が変われない、まさに精進不足を痛感した。

オレはまだサラリーマンだ。自営業でもない。修行半ば、まだオレは「ひよっこ」なんだと思う。

自分自身で納得できるようになるまでは一生かかるかもしれない。それだけ奥が深い「仕事」、「社会」、「世界」、そして「人」。まだまだ人生なんて語れやしない。

自我を極力減らし、無に近いところまで追いつめる。

今のオレがやるべきこと、規則を守り、忠誠心を持つこと。これができなきゃ、「オレょお〜、氏ね」。

もっと追求したい、人として精進したい。今一度、振り出しに戻ることにする。


2001.10.23.  不況というよりも・・・

どうも商人は景況は悪くなると「不況」の一言でかたずけてしまう傾向にあるようだ。バブル崩壊後の日本はある意味資本主義の頂点を覗いたものだと思われる。

いわゆる好景気の頂点だよ。浪費を尽くしてそれが経済の潤いとなり、めぐりめぐりバブリ〜な「成り上がり」を生み出した。そんな時代もすーっと過ぎ気がつけば不況感漂う現況となっている。

さて、この不況がいつまで続くか経済評論家や政治家がうんたらかんたら議論をかわしているがさてどうなんだろう。

ボクはもう資本主義の頂点に来てしまったとみている。需要に対して供給を延々と繰り返し、やっと物が余る時代がきた、サービスが余る時代が来た。

良かれ悪かれ日本は満ち足りた物質供給を果たした。食うに困らない、物にも困らない、サービスにも困らないところまで来たんだなと思う。

リストラが流行るのも供給過剰を控えるため、企業が余剰となる人員を削るということ。
「一番弱い者から傷みをともなう」という資本主義の基本に沿ったリストラである。

現実、労働者の賃金は今下がってきているが、役員の所得は上がっているのが現状だ。

弱い者から先に傷みをともなうということ、これ基本。

社会の仕組みは見ようと思えばいくらでも見られる。その矛盾に早く気づくこと。

今まで多くのサラリーマンは会社へ忠誠心を見せてうまく飼われてきた。それは年功序列、終身雇用というパッケージで守られていたからできたもの。

これ以上のパイの膨らみ、需要拡大は考えられない。労働者としての生き残り策は個人個人で考えるべきテーマ。キミは「右肩下がりの経済」にどんな特論を持っている?


2001.10.18.  スローダウン

今月は少しペースを落とした形をとってみた。8〜9月が多忙だったせいもあり、これ以上やると本業がやばい。もちろん商売にそんな甘えは許されないんだけど。

今一歩パッとしないトラオコムだが、またそろそろペースをあげるつもりです。「おりゃトラオ、やる気だせや。ゴラア」。

今月25日は待ちに待ったデジQが発売される。以前にも2種類ほどチョロQブランドで発売されたRCチックなものがあったがセールス的に成功したとはいえないものだった。

今回のデジQは完成度が高そうで期待しちゃうんだよね。あのステアリング機構といい、チョロQらしさのある小さなボディ。すでに関係者には紹介され、ニュースでも「さとちゃん」の強気の発言が印象的だった。

いいセールスが期待できると思うよ。たぶん。

しかし、本来のチョロQの「走り」というのは「エンジン(プルバック)」駆動というのが面白さだと思う。あの限界のある走行距離とパワー。限界なんだけど、ほんとチョロチョロとしか走らないんだけど、それが良かったんだ。アナログチックでさ。

以前から小スケールRCというのは存在した。ちょっと前ではキーエンスだね。しかし、どれもイマイチ市場に残らなかった気がする。

RCってのはある一定以上遊ぶと飽きる。これは真理だ。飽きちゃうんだよ。ゲームと同じだね。

チョロQブランドとチョロQナイズされた愛苦しいデ・フォルメ、チョロQコレクターとしてはたいへん興味あるものだが、デジQをコレクションする気にはならないかな。どうかな。


2001.09.18.  トラオ玩具業界を語る

今日、とある中堅玩具店の閉店セールに出くわした。景況も良くなくましてや最近鼻息の荒いトイザらスにシェアを奪われっぱなしの状況が続いている。

日本トイザらス中間決算

さてどんなもんだろう。1997年にトイザらスの特集を誌面(タイム・トラヴェラー)でやったことがある。当時の目標「2000年に100店舗」をあっさりクリアし、さらに「2010年までに200店舗達成」と新たな邁進を狙っている。

なぜ町の玩具店が低調なのか。なぜ中堅の玩具店までもが閉店に追いやられるのか。

話は飛ぶが藤田田氏(ふじた・でん)をご存じだろうか。「勝てば官軍(KKベストセラーズ刊)」という著書も出版され、その経営手腕には目を見張るものがある。そう、日本マクドナルド代表取締役、日本トイザらスでは取締役で活躍している、その人だ。

まあ、大規模小売店舗立地法施行を狙い、(政府に○○をしたかもしれない)1991年トイザらス荒川沖店を開店させた張本人である。

なあに、別にトイザらスが悪いと言っているわけではない。消費者の支持を得ているわけだから、まったくもってトイザらスの玩具業界への貢献度は高い。それはみんなの知っているとおりだ。

「町の玩具店」とひとつにくくってしまうのはなんだが、全体として考えてみる。良いお店も多い。楽しい会話をしてくれる店主もいらっしゃる。ただ以下に告げる点で大いに問題がある。(あった)

ボクが10年間玩具・模型店に通って典型的なダメ店。

接客態度がでかい
(いらっしゃいませが言えない。いばっている。急に怒り出す、いわゆる殿様商売が抜けきらない)

立地、商品構成、店舗レイアウト、経理管理、在庫管理。そんなのこの際関係ない。襟(えり)が正せていないのがなんとも残念だ。

「礼を尽くせ」  これ基本です・・・。

衰退する原因は他にもいろいろあるけれど、(時代背景といってはそれまでだが)商人としての姿勢を良くしないとお客さんの支持はやっぱり得られにくいね。

日本は資本主義だ。大と小が戦えば必然と小は負けることになっている。同じ土俵では勝てるわけがない。しかしトイザらスだって厳しいとは思う。(上記リンク先のとおり)景況は相変わらずだしね。

さらにここ5〜10年で玩具小売業界は大きく変わっていくことになると思う。それはすべて消費者のニーズによって決まっていく。しっかり見届けたい。


2001.09.08.  ボクが秋葉原を徘徊する理由

前回の更新はごめんなさい。全然ダメね、ボクの「ダメさ」加減がよく分かる文章だわ。

ボクはときより秋葉原に逝く。一人で逝くのさ。なんかこう足がむくのね。別になにか買い物があるわけでもなく、ただなんとなくブラブラしながら歩くことが多い。

あの街には活気がある。あの活気のなかに入っていくと元気がでる気がするんだ。「さわやかな爽快感」もあるし、わくわくしたりもする。歩き疲れるとコムサテライト3の正面、クレバリーの端っこでへたれ座り込んで、ぼーっとタバコを吸ったりする。(もちろん携帯灰皿使用)缶コーヒーなんかおもむろに飲んでぼーっとしている。

それがなんか楽しいんだ。なに買うわけでもなく、その場にいることがね。たまにこう活気のある街に行って元気を見てくるのはけっこう大切なんだと思う。

まぁ、時にダメっぽいPCパーツを買い込んできたりもする。もちろん役に立つ機器を買ったりもする。うーむ、それも楽しいんだ。(´ ▽`)ノ

ジャンクロードと勝手に名前を付けちゃうけど、ちょっとぁゃιぃジャンクショップ巡りもわくわくするね。

屋台屋の「塩ラーメン」がなくなったのはとても残念。じゃんがらのトンコツよりもボク的にはトリガラのほうが好き。さっぱりしているのがいいわ。

何も買わないこともある。何か買うだけが目的でもない。駐車場代だけ払って帰ってくることもよくある。あの雰囲気に触れるため、ボクはよく秋葉原に行く。


2001.09.05.  くたくた

いゃあ、ヘタっているよ、最近。あんまり「忙しい」という言葉は使わないようにしているけれど、8月からどうも予定がキツイ。

更新も遅れ気味でごめんよ。

失業率が5%、むむむ、これ多いの?他国からすれば少ないの?今日も職安行ってきたけど、確かに混雑しているね。

先日、不況業種特別融資というパンフをチラリと見た。それには今厳しい業種がビッシリ書いてあってそれに従事している人たちの苦労は計り知れない。

ああ、ダメだ。ペンが乗らない・・・。寝る。ごめんよ。


2001.07.30.  リーマン

「今日体調悪くて休ませて下さい。お願いしますぅ。あぅん。たのみますぅ。(はあと)」

なに気を使ってんだよ、オレ。ったく。一日休むだけでこれだけ気を使うとはリーマンの悲しい一面だねぇ。

まあ、だいたいこんな風に急に休みたくなったら、電話いれるんだけど、ホラ、眠れなかったり体調は確かにちょっと崩しているんだけど、仮病ってやつかい。

いつも親父ネタ(見舞い、退院、入院等)で休んでいたら、親父ホントに逝っちゃったから、もうこのネタ使えん。

リーマンは歯車なので、重要な位置にいない歯車は一人くらい外れてもたいてい支障はない。

確かに人に使われ、使用人ではあるが社会保険制度や労働保険、年金等、いちおう人として生きていける制度は完備している場合が多い。

しかしだな、キミィ。

学校出て、就職して、結婚して、家買って、住宅ローン組んで、子供できて、定年退職を迎えるとする。

オヤジが背負うものが多すぎる気がするのだが。こんなん今の時代明日すら分からないからヘタな予定は組めないよ。

実はオレ、このパターンを崩すことに決めたのさ。どうやるかはここでは言わないけど、今までのリーマンの背負う荷物は重かったのは確かだ。そんな中で先人リーマンたちはよく耐えた。

きれい事で言えば、「戦後の経済成長を担い、自己犠牲の中で形成されためざましい復興国、日本」とでも言ってやろか。

んなことどうでもいい。過去は過去だ。

自分の器を考え、それに見合う荷物だけでいいんじゃないか。
 

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