りーとーく@トラオ
The chattering that trao is free.

2003.12.19.  どうにもならないことはどうにもならない

そろそろ2003年も終わる。みんなはどーだった?そこそこ楽しめた1年になったかい?オレといえば自分に期待してないからボチボチなんだけど、まあまあといえばまあまあとしかいいようがない。

トラオコム的にはショッピングカートをPGさんにお願いし、改善が図られたため効率がたいへん良くなった。お客さん的にも買いやすくなったと思う。PGさんに感謝!! そごいよね、システムって。だからPGさんやSEさんを尊敬しちゃうんだ。

呑んだくれダメ人間の友人が4人ほどいてね、ここんとこ毎週のごとく、友人のジョン(仮名)ん家で呑んだくれている。カネのあるときゃフィリピンパブ行ったりしてさ。

全員心にキズ折っていたり、金銭的にうまくいってなかったり、精神的にダメだったり、家庭的に破綻していたり・・・。まぁいろいろあるんだな。そう考えると自分の育った家庭は円満だったと今更ながら思う。

そして酔っぱらうと必ず唄っちまうのがエレファントカシマシなのよ。
ヴォーカルは宮本浩次、37とか言っていたから1つオレより上なのね。
まあほぼ同世代。コイツには正直かなわないと負けを認めちゃうやつだ。

なんか違うんだよね、気配が、気負いも、まったくもってとんでもねぇ奴だよ。
来年早々新宿コマでライブあるから観てこようと思う。このとんでもない奴をさ。


さぁて、ニュースを観ればイラクのことばかりだが、これを見て思い出すのは1945年、日本敗戦のことだ。貿易センタービルが自爆テロで壊れちゃってからなんかアメリカ意気込みがすごいよ。中東に対する意気込みが。

油田という富が欲しいのか、イラクが怖かったのか、まぁ、日本国の一(いち)民としてはどーでもいいんだが、憲法9条と自衛隊に矛盾があるから未だ、チンタラ議論してさ、もう何十年それやってんだよ。どっちかとっぱらうのがそんなに難しいのか。

1945年からベクトルが変わり、民主主義と資本主義に「のし」貼って日本に送り込み、天皇に変わりアメリカが母となり親となり・・・。

よく分かんねーけど、どうしてもアメリカに刃向かえない日本国家があるのは間違いない。どこが政権を獲ってもアメリカには刃向かえないなにかが・・・。

なんか息詰まっているよなぁ。いくら呑んでも酔えない毎日。吹っ切れないオレ。
そこでオレはオレに言う、「どうにもならないことはどうにもないない」と。

2003.07.27.  最近思うこと

小商いをネットでやっていると言いにくいことも増えてしまう。いままで気ままに書き込んできたが少しづつペンが重くなってしまった。

なぜか?

「売上」に影響してしまうのではないか?とつい弱気になってしまうのだ。その辺を押し殺しつつ、恐る恐る書いてみることにしよう。笑

疲れる資本主義ヽ(゚`Д´゚)ノヒィ

数年前から「富」についていろいろ考えるようになった。また貧困について、お金についていろんな書物や人の意見を聞いてみた。

しかしだなぁ、世の中に発行されているカネをですねぇ、どんだけかき集められるかを競うというある種の競争に疲れもせずひたすら売上至上主義を貫き、消費者に「ゴミまがい」なもんを売り続け、あげく狭いウサギ小屋にモノを「これでもかっ!!」と突っ込ませて良いものかぁ???(ハァハァ・・・息継ぎなしに突っ走ってみました)

物質的豊かさはすでに終焉したと思っている。ミニカーコレクションも行き着く末はそこなのか?? それではちょっと悲しすぎる。

肥溜めからすくう

ここに矛盾が生じる。売る者としての「売りたいヽ( ゜◇゜)ノ (マイド〜)」という気持ちとコレクターとしての「集めてどうする??(;´Д`)ノ」という相反する部分。

商売としては売り「続けなければならない」、作り「続けつづけなければならない」と成り立たない生活がある。

原材料から製品が作られ卸を通じて小売に周り、消費者へ落ちる。ここが大変失礼な言い方だが「肥溜め」である。そこに溜まる。1990年初頭、リサイクル意識が高まり、この肥溜めからさらに市場へ流れるという循環ができた。

ブックオフなどはまさに良好な循環をみせている。

レアものはここに落ちている。まちがいなく・・・。そこをどうすくえるかがボクの役目である。

さて、ここで人の労働から得た富について。

原材料から人の労働を得て生産されたものが歴史を繰り返し地上に蓄積しているのが今の現状だ。まだまだ続くだろう。地球上の物質価値は叙々に高まるわけだが、大量に消費されてしまうものも莫大だ。食い物やサービス業的なものは消費が早いのはいうまでもない。

と硬い話はこここまで。

さて私、↓のようにギターも大好きだ。こいつも集めてしまう癖がある。さすがに置き場に困り果て10本ほど手放した。しかーーーしっ。また2本買ってきてしまった。悪い癖である。ミニカーと同じ、ギターも古いものが好きでやはりモノによってはどえらいプレミアを支払わなくてはならない。

しかし、そうそう高いカネを払えるわけもなく程度の悪いモノをワザと掴んでくるようにしている。そうなるとパーツ交換なんてあたりまえ。木の部分以外すべてが疑わしいギターを買った。交換されたパーツは比較的新しい。ここで骨董の技術ともいえる「古臭く見せるワザ」が必要だ。

なぁにたいしたことはなく塩酸を買ってきてパーツを突っ込むというありがちな手。ベランダで塩酸を受け皿にたらし込みパーツを浸す。なんかモクモクと煙を吹くのよ。かなり危険な煙が・・・。しかし元々メッキというのは腐食を防止するために付いているのでそこそこ曇る程度。小さなパーツは金属部まで達し、もろくも崩れた。泣 出費。

実車やミニカーと違って美品だけが良いとされないギターの世界。むむむ、深い・・・。


2002.05.20.  SGを語る

ミニカーほどではないがギター収集も実は大好きだ。スペースの関係でたくさんは持てないけど、だいたい15、6本くらいを入れ替わり所有している。

最近手に入れたものはオービルバイギブソンのSG。何度かお店に通ってやっと売ってもらったものだ。

そこそこに弾き込まれていてパーツ類がくすんでいる。それがまた良い。ヘッドにはOrville by Gibsonの文字。まるでどっかの携帯電話みたい。ピックアップはGibsonTM490(USA)。ボディは2ピース。クワガタみたいなツノがポイントだ。

ペグ2ヶ所が曲がり、ボリュームポット一つが欠品だった。当時の定価は93,000円。推定89年製。

ギブソンのSGといえばサイケ色に塗られたクリーム時代のクラプトン、あまり知られていないがローリングストーンズのミックジャガー、そしてなんといってもAC/DCのアンガスヤングだろう。プロの使用例はあまり多くない。なぜって?人気がないからさ。

このSG、最初の61年登場時にはレスポールSGと言われレスポールのモデルチェンジという扱いだった。(60年にレスポールとの契約が切れた)しかし、レスポール本人からクレームが付き、のちにレスポールという名前が外された。レスポール本人、インタビューではSGが大嫌いと言っている。

さて、このギターはとても軽い。ボクのは約2.6Kg。たぶん本物も3kg前後と思われる。ギブソンの使用するマホガニーは近年重いものが多い。(ヒストリックは比較的軽め)さすがにオールドモノは軽いが、以外と国産コピーモノのほうが軽かったりする。

ストラップピンがネックジョイント真裏にあり、通常の長さでストラップをかけるとたいてい短めにギターを下げるようになる。推測だがアンガスが短めにギターを下げているのはこのためではないだろうか。それが長年馴れてきて、この独特なフォームになったのではないかという勝手な推測。

特徴としてこの軽いボディのためかストラップを下げるとヘッドが下がるという欠点がある。弾いている左腕で支えているようなものだ。そしてボディ厚が薄いせいなのかネックが非常に弱い。ヘッド角度もあるためかヘッドを折ったり、ネックジョイント付近で折れたSGを見たことがある。

ネックジョイントが浅いため1フレットが妙に遠いというのも特徴のひとつ。このようなギターとして欠点があるためプロミュージシャンの使用例が増えないのかもしれない。

しかし、なかなかどうして。この軽さ、体にフィットしやすいボディ形状、ギブソンスケールならではの弦幅の狭さ、この辺がなかなかいい。そして値段も安い。レスポールには負けるがとりあえずのハムバッキングサウンドが得られる。なかなかいいぞ、SGは。



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